大判例

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大阪地方裁判所 昭和31年(行)14号 判決

原告 城本清子

被告 国・大阪府知事

訴訟代理人 原矢八 外二名

主文

一、原告と被告大阪府知事との間で、同被告が大阪府布施市大字高井田一三二八番地の一、畑一反九畝二四歩に対し昭和二二年一〇月二日買収の時期としてなした買収処分が無効であることを確認する。

一、原告と被告国との間で、前項記載の土地について原告が所有権を有することを確認する。

一、被告国は、第一項記載の土地について、大阪法務局布施出張所昭和二五年四月二五日受付第二六四五号をもつてなされた、同二二年一〇月二日付自作農創設特別措置法第三条の規定による買収を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

一、原告の被告知事に対し右登記の抹消登記手続を求める訴を却下する。

一、訴訟費用は全部被告両名の負担とする。

事実

原告は主文第一、二、三項および第五項と同旨の判決ならびに、「被告大阪府知事(以下被告知事と略称する)は主文第三項掲記の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ」との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。

「一、原告の養母亡城本うめのは昭和三三年一〇月七日に死亡し、原告はその相続人であるところ、訴外布施市意岐部地区農地委員会(以下意岐部地区農委と略称する)は、昭和二三年か二四年頃、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基づき、当時亡城本うめのの所有であつた主文第一項掲記の土地(以下本件土地と略称する)について、これを同法第三条第一項に規定する不在地主の所有する小作地として、昭和二二年一〇月二日を買収期日とする買収計画を定めた。被告知事はその頃、右買収計画に基づいて本件土地に対する買収処分をした。そして右買収処分の結果本件土地については、大阪法務局布施出張所昭和二五年四月二五日受付第二六四五号をもつて、同二二年一〇月二日付自創法第三条の規定による買収を原因とし、農林省を取得者とする所有権取得登記がなされている。

二、しかし本件買収処分は当然無効のものである。すなわち、

(一)  本件買収処分の一連の手続はすべて違法である。そもそも本件買収処分がなされるに至つたのは次のようないきさつによる。原告の養母である亡城本うめのは、昭和二一年七月三〇日、同女の夫城本甚次郎の死亡により、同人の選定家督相続人として本件土地の所有権を相続取得したが、その後昭和二三年頃になつて訴外布施市は所有者である亡城本うめのに無断で本件土地上に母子寮を建築したうえ、同女等の無知に乗じ同女の夫亡城本甚次郎の印章を悪用して農地調整法第四条による賃借権設定の許可申請に必要な書類を偽造し、同条の許可を得ることによつて母子寮建築による本件土地無断使用の不法行為を事後的に正当化しようと企て、一方被告知事は本件土地を自創法に基づいて買収し、これを国有とすることによつて布施市のなした前記不法な母子寮建築を正当、合法化するために本件買収処分を敢行したのである。したがつて、本件買収処分をなすに当つて必要な書類等も各関係行政庁において日付を遡らせて作成されたと考えられ、また買収処分の一連の手続も適法になされていないのである。具体的には次のような違法がある。

(1)  意岐部地区農委のなした本件土地に対する買収計画の樹立、その公告、および大阪府農地委員会に対する買収計画の承認申請はいずれも意岐部地区農委の適法な議決に基づかないものである。

(2)  本件土地に対する買収計画書は法定の要件を具備しない。

(3)  大阪府農地委員会の議決に基づく、右買収計画の適法な承認がない。

(4)  買収令書の発行も、したがつて交付もない。また買収令書の交付にかわる公告もない。

本件買収処分は後に述べるように、当時すでに死亡していた亡城本甚次郎を所有者として、同人に対してなされたものであるが、少なくとも同人の登記簿上の住所にあてて買収今書が送付せられたのであれば、本件土地の所有者である亡城本うめの方に転送され、同女が買収令書を受領しえた筈である(通常の郵便物は皆そのように転送されていた)のに同女が買収令書を受領した事実はない。被告等は、亡城本甚次郎に宛てた買収令書が送達されずに返送されて来たので(買収計画書に記載されている亡城本甚次郎の住所は登記簿上の住所とすら相違するから、そのような住所に宛てて郵送したなら返送されるのは当然である)その後昭和二三年四月一日、亡城本うめのの住所を調査のうえ同女方に宛て再郵送したというが、農林省は昭和二五年になつて本件土地所有者亡城本甚次郎の住所不明として買収対価を供託しているのであつて、被告等の主張は虚構の事実を述べるものであることは明らかである。もつとも、昭和二六年に至つて亡城本うめのが本件土地の買収の対価として供託された金員を受領したことは被告主張のとおりであるが、このことからたゞちに買収今書の交付があつたとはいえない。

(5)  本件買収処分当時、本件土地の所有者は亡城本うめのであつたから、買収処分は同女に対してなされるべきであるのに、本件買収処分は、すでに昭和二一年七月三〇日に死亡した亡城本甚次郎を所有者とし同人に対してなされている。すなわち、買収処分の相手方を誤つたものである。

(二)  さらに本件買収処分には買収の対象とならない土地を買収した違法がある。

(1)  本件土地は自創法第二条にいう農地ではない。本件土地は近畿日本鉄道株式会社の奈良線永和駅の東北約二〇〇メートルの地点にあつて、亡城本甚次郎が自己の居宅を建てる用地として昭和一四年に買い受けたものであるが、すでにその頃から附近には多くの住宅が建つていて、近畿日本鉄道株式会社においても附近の開発に力を入れており、買受代金もかなり高額であつた。亡城本甚次郎は、その後居宅建築を実現するために本件土地の整地を完了し、生垣用の樹木も植えてこれを完全に宅地とした。もつとも同人が建築資金の調達に日を過すうちに戦争がぼつ発したために、居宅建築の計画も一時挫折して本件土地は荒地になつていたのを、戦後の食糧難のために、近隣の非農家の者が所有者に無断で耕作し、蔬菜類を栽培していた。しかしこれは全く一時的な休閑地利用にすぎず、本件土地が宅地であつたことには変りはない。そして昭和二二年頃には、すでに、附近には布施市役所をはじめ郵便局、電信電話局、簡易裁判所、区検察庁法務局出張所などの官公署が建ち、店舖住宅も密集していて、大阪市の衛生都市として繁栄する布施市内にあつても最も繁華な場所となり、住宅地としては申し分ない土地であつた。加うるに、本件土地が買収処分後は自創法施行規則第七条の二の三により売渡処分を留保すべき土地として指定をうけ、さらに前述のように布施市が昭和二三年中に本件地上に母子寮を建築していることも、本件土地が実質的に宅地であつたことを裏付けるものである。

(2)  かりに右主張が理由なく、本件土地が買収処分当時は農地であつたとしても右(1)に述べた諸事情から考えると、少なくとも本件土地が間もなく宅地に転用されることの必然性は明らかであつたから自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として当然その旨の指定を受け買収処分の対象から除外されるべき土地であつた。

(3)  本件土地は小作地ではない。さきに触れたように、戦後食糧難の折から附近の者が所有者である亡城本甚次郎あるいは亡城本うめのに無断で休閑地として利用していたにすぎない。

本件買収処分には以上のように違法な点が多くあつて、その瑕疵はいずれも重大かつ明白であるから本件買収処分は無効である。

三、そうすると被告国は本件土地の所有権を取得しなかつたことになるから、亡城本うめのの相続人である原告が相続により本件土地の所有権を取得したことになり、現在その所有権者である。そしてまた本件土地についてなされた前述の農林省を取得者とする所有権取得登記は実体関係と一致しないことになり被告両名は所有権者である原告に対し右登記の抹消登記手続をなす義務がある。」

被告知事は本案前の答弁として、原告の請求中、被告知事に対し抹消登記手続を求める部分については、同被告は被告適格を欠くと述べ被告両名は本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、原告の主張に対し次のように述べた。

「原告主張事実のうち本件土地について、被告知事が、訴外意岐部地区農委の定めた買収計画に基づき昭和二二年一〇月二日を買収期日とする買収処分をなし、右買収処分を原因とする原告主張のような所有権取得登記の存すること、本件土地はもと亡城本甚次郎の所有であつたが、昭和二一年七月三〇日同人の死亡により亡城本うめのが相続によつてその所有権を承継取得したこと、同女は昭和三三年一〇月七日に死亡し原告がその相続人であること、本件土地が原告主張の地点に位置すること、小作地でなかつたこと、本件買収処分が本件土地の所有者を亡城木甚次郎として、なされたこと、および訴外布施市がその昭和二三年度予算をもつて本件地上に母子寮を建築したことはいずれも認めるがその余の事実はすべて否認する。本件買収処分にはなんら無効となるかしはない。すなわち

一、意岐部地区農委は、本件土地を亡城本甚次郎の所有であつて自創法第三条第五項第六号の規定に該当する農地であると認めて、昭和二二年七月二〇日、本件土地の買収計画を定め(買収期日昭和二二年一〇月二日)同月二四日から八月二日まで右買収計画書を縦覧に供したうえ、同年九月二八日、大阪府農地委員会に対して承認を求め、同委員会は同月三〇日これを承認した。そこで被告知事は右買収計画に基づいて、同年一〇月二日亡城本甚次郎を宛名人とする買収令書を発行し、同人の登記簿上の住所に宛て郵送したところ返送されたので、再度調査のうえ亡城本うめのの住所にあて昭和二三年四月一日、改めて買収令書を送付し、同女はその頃これを受領した。同女は昭和二六年に至つて、農林大臣が昭和二五年三月二三日に供託した買収対価も受領した。

二、原告は本件買収処分は訴外布施市の不法な母子寮建築を正当化するためになされたと主張するが、全く事実に反する。かえつて、亡城本うめのは、本件土地が昭和二二年一〇月二日をもつて国に買収されたことによつて本件土地の所有権を喪失したのに、昭和二三年九月頃、布施市の申込を受けて本件土地を同市の母子寮建築用地として同市に譲渡し、対価として一〇万円を受け取つているくらいで布施市は本件土地が買収処分によつて国の所有となつたことを知らずに母子寮を建築したため、事後に至つて国有農地使用目的変更承認の手続をなしたわけである。

三、本件買収処分は亡城本甚次郎を所有者としてなされたものであるが買収処分当時、本件土地の登記簿上の所有者は亡城本甚次郎とされており、この記載を信頼し、これに基づいてなされた買収処分は、被買収者なる登記簿上の所有名義人が死亡していてもその相続人に対して効力を生じると解すべきであるから、このことは決して買収処分を無効ならしめるものではない。

四、原告は、本件土地が自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であると主張するが、原告主張のような官公署その他の建物は買収後になつて漸次建築されたものであるし、布施市母子寮は亡城本うめのの同意によつて国に無断で建築されたものであるから、本件土地が自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であつたとはいえない。

以上のように本件買収処分にはなんら無効となるべき事由もないから、原告の主張はすべて失当である。」

(立証省略)

理由

一、原告の訴状の「請求の趣旨」第一項は、その字義のままに受け取れば、原告と被告両名の間で本件買収処分の無効確認を求めるものである。ところで、行政処分の無効確認の訴については、行政事件訴訟特例法の規定が原則としてそのまま適用され(行政処分の公定力ないしは適法性の推定があつたことから導かれる第二条、第五条、第一一条等は無効確認の訴に準用されないが)、したがつて行政処分無効確認訴訟においても当該行政処分をなした行政庁のみが被告適格を有すると解すべきである(当裁判所昭和二三年(行)第一九三の一号、同三三年一二月五日判決、同二九年(行)第六七号同三三年四月二一日判決各参照)から、原告の請求の趣旨を字義どおりに受け取る限り、右原告の訴のうち被告国との間で本件買収処分の無効確認を求める部分は不適法といわざるをえない。しかし原告の請求原因として主張するところを全体として見れば、本件においては原告は、本件買収処分の効果の帰属主体である被告国との間で本件買収処分が無効であることを前提として、現在の権利関係である本件土地の所有権の帰属を争つているものであることは明らかであるから、原告の右請求の趣旨は、その字義はともかく、結局被告国との間で、本件土地について原告の所有権の確認を求めるものと解せられるとかように善解して取り扱うことを妨げる事情(従来、所有権確認を求めていたのを買収処分の無効確認の請求に変更したとか、特に字義どおりの判決を求める旨を附言するとか)は本件には存しない。それゆえ、原告の右訴状の「請求の趣旨」第一項の被告国に対する請求も適法である。

二、本訴のうち、被告知事に対して、本件土地についてなされた自創法による買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続を求める部分については、民事訴訟法の原則によつて当事者適格を判断すべきところ、被告知事は行政庁として右所有権取得登記の嘱託をなしたことはあつても、その効果は被告国について生じ、右登記の抹消登記義務者たりえるものも、権利主体としての国以外にはない。

右登記の抹消登記義務者たりえない被告知事には右原告の抹消登記請求の訴についての被告適格がなく、原告の請求はこの部分については不適法である。

三、そこで本案について判断を進めることにする。

(一)  訴外意岐部地区農委が自創法により、亡城本うめのの所有にかかる本件土地について、昭和二二年一〇月二日を買収期日とする買収計画を定め、被告知事がこれに基づいて本件土地について買収処分をなしたことは当事者間に争いがない。ところで、原告は、本件買収処分は昭和二三、四年頃に、既往に遡つてなされ、買収令書の発行も交付もなかつたと主張するのに対して被告両名はこれを否認し、買収計画は昭和二二年七月二〇日に定められ、公告、縦覧、承認を経て同年一〇月二日買収令書が発行され、昭和二三年四月頃亡城本うめのに交付されたと主張して、買収処分の時期について争いがあり、この点の判断は原告のその余の主張(非農地、自創法第五条第五号該当、非小作地、さらには死者に対する買収処分の無効の主張など)を判断するに当つての基準となるべき時点を決定するための先決問題であるからまずこの点について考える。

(1)  原告は、本件買収処分は布施市の不法な母子寮建築行為を正当化する目的で、昭和二三、四年頃に、既往に遡つてなされたものであると主張するが、この点についてはなんの証拠もなく、かえつて成立に争いのない乙第一号証、第二号証に証人小川隆三の証言を綜合すれば、訴外意岐部地区農委は、昭和二二年七月二〇日の委員会において本件土地を含む第三次買収計画を定めたことが認められる。次に、原告は本件買収処分については被告知事の買収令書の発行、交付もないと主張するが、買収令書の発行のあつたことは成立に争いのない乙第九号証の一ないし六に証人小川隆三の証言を綜合すればこれを認めることができる。これを左右する証拠はない。ところで買収令書の交付があつたかどうかについては、本件の全証拠を詳細に検討してもこれを明らかにすることができない、本件においては買収令書の交付に代わる公告のなかつたこと(このことは弁論の全趣旨から明らかである)、亡城本うめのが農林省の供託した対価を昭和二六年になつて受領していること(このことは当事者間に争いがない)に証人小川隆三の、「昭和二二年一〇月二日を買収期日とする第三回買収の令書は年度内に発送したと聞いているが、本件の買収令書は最初天王寺の住所に送つたところ返送されたので奈良の住所宛に再郵送した記憶はない」旨の証言を考えあわせると、買収令書の交付がなかつたと認められることはちゆうちよせざるを得ない。しかしまた以上のことからだけでは買収令書の交付があつたとの推断も立てにくいのである。

(2)  そこで行政処分無効確認の訴における立証責任の分配について考える。

立証責任の分配の問題は、根本的には裁判における正義と衡平の理念を基盤とし、そこから導き出されるものでなければならない。民事訴訟における立証責任の分配については、一般には、実体法規を「権利発生規定」と「権利障碍規定および権利消滅規定」とに区別し、権利の存在を主張するものは前者の要件事実について、権利の存在を否定するのは後者の要件事実について、それぞれ立証責任を負担すると解され、これが正当とされるのも、立法者が私法々規を制定するに際して、暗黙のうちに裁判における立証責任の分配を予定し、対等な私人間の権利関係の規制に当つての正義と衡平の理念に導かれ、その結果として「権利発生規定」「権利障碍規定」「権利消滅規定」の組合せとして私法々規を構成したと考え、それゆえに立証責任の分配を前述のように解することが、とりもなおさず裁判における正義と衡平の要求にかなうと考えられるからにほかならない。したがつて別個の法体系を有する公法上の権利関係をめぐる争いである行政訴訟においても、通常の民事訴訟における立証責任の分配の法規をそのまま直ちに適用しようとするのは方法論的に誤りであり、また適用しうるものではない。どうしても、問題の基本に立ちかえつて、行政訴訟における立証責任はいかにこれを分配するのが、正義と衡平の要求に合致するものであるかを検討する必要があるのである。

当面の行政処分の無効確認の訴における立証責任の分配を考える前提としてまず行政処分取消の訴のそれについて触れる。

行政法規のあるものは、個人に対する行政権の優越的支配を承認し、社会公共の福祉の実現という公益的要請から、それを充たすに必要な最小限度において、個人の利益と権利を制限し侵害することを認め、そのための行政機関の権限と責任およびその権限行使の要件と手続を規定する。行政処分はこの権力関係を本質とする行政法規の具体的顕現であつて、いわゆる公定力ないし適法性の推定を受け、かつ自力執行性を有する。しかしながら、またそれゆえに法治国にあつては、行政という名においてする権力的恣意や法規からの逸脱を認めることはできないのであつて、そのためには、行政が法に基づき法に従つて適正に行なわれることの客観的保障の要請はまことに重要かつ切実なものである。新憲法の制定施行に伴つて、かつてこの行政訴訟事項の制限は撤廃され、しかも、行政裁判所ではなくてほかならぬ裁判所が争訟の担い手とされ(裁判所法第三条)、行政事件訴訟特例法によつて、適法性そのものを問題として、直接に行政処分の違法を攻撃する抗告訴訟の道がひらかれたゆえんもここにある。かように考えれば、抗告訴訟は、当該行政処分が適法妥当であることを信ずる行政庁が原告の疑問に応えてその処分は、原告の権利や利益を違法に侵害するものではないことを客観的に証明する、いや、しなければならない公開の場であるといつてよかろう。このような使命をもつた抗告訴訟においては、行政処分をした行政庁が、その処分の適法なことについてすべて立証責任を負担すると解するのが、制度の設けられた趣旨にも合致し、正義と衡平の理念にかなうゆえんでもある。行政処分の根拠法規は公益と私益との利害の接点を示すものであり、行政機関に対する行為規範たる性格を有する。行政機関は法規の定める要件事実がある、処分をするについての障害事由はない、処分することは適法かつ妥当である(違法であればもちろん妥当ではない)と判断しなければこそ当該行政処分をしているのであり、手続に至つては自らえらんだ行動の経過である。しかもそれは権力を背景として人的および物的施設の動員のもとになされるのである。したがつて要件事実の存在や障害事由の不存在、および手続の適正を明らかにすることは、長年月を経ない限り、処分を受けた力弱き個人が要件事実の不存在や障害事由の存在および手続の不適正を明らかにするのに比しはるかに容易なことであろう。あやまつて、処分に違法のかしがあつたにかかわらず、その処分によつて不利益を受けた私人がその違法を明らかにしえないがゆえにその処分は違法ではないとすることが、正義と衡平に遠ざかることはいうまでもないであろう。

このように行政事件訴訟特例法は違法な行政処分の取消の訴を設けて「法による行政」の客観的保障としたのであるが、他方同法は抗告訴訟については訴願前置と出訴期間の規定を設け(自創法は出訴期間についてさらに特別の規定を設けている)また、行政処分は、たとえ違法な行政処分であつても、これが判決もしくは行政庁の取消権限によつて取り消されない限り公定力ないし適法性の推定を受けて行政処分として法的効力を有する。そして行政処分の取消について原告適格を有する者が訴願手続を経ずもしくは出訴期間を徒過したことによつて適法に抗告訴訟を提起しえなくなつた場合、その行政処分は違法であつてもそのかしはもはや争えなくなるわけである。たゞ行政処分のかしが重大かつ明白であるときは当該行政処分は当然無効とされるから、その無効を主張するものに訴の利益が認められる限り、訴訟手続の経由の有無にかかわりなく、また抗告訴訟の出訴期間経過の前後を問わずいつでもその無効を主張し、裁判所に当該行政処分の無効確認の訴を提起することができるのである。

この行政処分無効確認の訴は一面において行政処分取消の訴と共通類似の性質をもつのであるが、一は適法性の推定のあるもしくは適法性を争えなくなつた行政処分の効力を争うものであり、一はまさにその適法性の有無が主題であり問題の案件である点において重要な差異があり、このことは立証責任の分配について別個の考慮を必要とする契機と考えざるをえない。無効確認訴訟の提起には訴願前置という手続的な制限は存しないし、出訴期間による時期的な制限を受けない。また行政処分の無効を前提とする権利関係の訴訟(権利義務の存在もしくは不存在確認のみならず処分の効力の有無が関連をもつ一切の訴訟)については無効を主張するについての主体的の制限はなく、なんびとからでも、またなんびとに対しても主張できることを見のがすわけにはいかない。さらに行政処分の無効事由は行政処分の取消事由と質的な相違がありかしの明白性と重大性という限定が存する。すなわち、行政処分に取消事由があつても、それだけでは、当然に、無効原因となるわけではない。たとえば処分の具体的要件事実の誤認は処分要件の存在を肯定した処分庁の認定に重大・明白な誤認があると認められる場合に初めて無効原因となるのである(最高裁判所昭和三四年九月二二日第三小法廷判決参照)。以上述べたように、行政処分に適法性の推定、不可争性の付与があること基調として、一方に無効を惹起する事由の重大性、明白性、具体性という属性からの制約上無効事由は自から限定される反面、他方に無効を主張すること自体は時期的に無限、手続的に無制約、主体的に無制限であつて全く自由なことに属することを考察すれば、一般に行政処分の無効は、これを主張する側において、誤認が重大・明白であることを具体的事実に基づいて主張し(前掲最高裁判所判決参照)かつ立証すべきものであり、無効確認訴訟においては取消訴訟と異なり、相手方たる行政庁ではなく、無効を主張する原告が無効事由について主張・立証責任を負担とすると解するのが正義と衡平の要求にかなつて相当であると判断しなければならない。早期に行政処分に効力をもたせるために行政処分に適法性の推定があり、単なる違法のあることを問題となしえなくなつたのに、なお行政庁にその有効性の主張・立証責任を負担させるのは適切でもないし、論理的にも矛盾する(無効である場合には当然違法であり、適法であれば無効ではないのであるから)。また、無効事由が明白性を有するものでなければならない以上明白性を要しない取消事由と異なり、無効を主張する原告に無効事由についての主張・立証責任を負担させても決して無理ではない。

(3)  そうすると本件においては買収令書の交付のなかつたことについて証明がない以上、買収令書の交付はあつたとせざるを得ないし、また交付があつたとして、その時期は本件において証拠上明らかでないが少なくとも買収処分が一定の時期になされたことを前提とする判断に当つては、被告等の主張のように昭和二三年四月頃に買収令書の交付があつたことを一応前提として判断を進めなければならない(昭和二三年四月頃まで買収令書が交付されなかつたことは被告両名の認めるところである)。

(二)  原告は本件土地は買収処分当時農地ではなく実質的には宅地であつたと主張する。しかし、本件土地は終戦前後から附近の非農家の者によつて耕作され、休閑地利用としてではあるが蔬菜類が栽培されていて、買収処分当時もそのような状態であつたことは原告自身認めるところであるし、成立に争いのない乙第五号証(甲第六号証の三と同一の文書である)、甲第六号証の四によれば、右同様事実のほか本件土地は少なくとも昭和二三年九月頃までは松田由松他十名位が菜園として耕作していたことが認められる。原告はまた、亡城本甚次郎は昭和一四年に本件土地を買い受けてから、居宅を建てるために本件土地の整地をし、生垣用の樹木も植えて宅地化を完了したと主張しているがこの事実についてはこれを認めるに足る証拠はない。このように、本件土地が買収処分当時、たとえ休閑地利用の形ではあれ、とにかく耕作の目的に供されていた以上、現況は農地であると認定して買収計画を定めたことは無効となるかしはない。原告はそのほかに本件土地の附近が布施市の官公署、住宅等の密集するところであるとか、買収処分後間もない昭和二三年中には本件地上に布施市母子寮が建築されたとか事情をあげて本件土地が宅地であつたことを強調するが、右のような事情は、本件土地が近い将来宅地化されるのが相当であるかどうかという判断をするに当つては重要なことであつても、本件土地が買収処分当時農地であつたかなかつたかの判断に格別の影響を及ぼすものではないといわなければならない。結局本件土地が農地でなかつたことを前提をする原告の主張は、理由がないことになる。

(三)  次に原告は本件土地は自創法第五条第五号により「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であることが明白であつたと主張するので考える。

本件土地が近畿日本鉄道株式会社の奈良線永和駅の東北方約二〇〇メートルの地点に位置すること、訴外布施市が昭和二三年度予算をもつて本件地上に母子寮を建築したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない、甲第六号証の四、乙第六号証乙第七号証を綜合すれば、布施市は昭和二三年頃、本件地上に母子寮を建築することを計画し、同年九月頃、意岐部地区農委に対し本件土地の使用目的変更の申請をなし、同農委は、同月二七日の委員会において右布施市の申請を審議した結果、本件土地は自創法に基づき農地として買収されたものであるが、耕作者は一時的な休閑地利用者であつて専業農家もないし、本件土地は布施市役所のすぐ目と鼻の先で母子寮建築について地元の反対もなく、適地と認めて布施市の申請を耕作者との間での解決を条件として承認したこと、布施市母子寮が昭和二三年中に完工したこと、本件土地の附近は、少なくとも昭和二四年一〇月当時には人家が密集していて、交通環境から見ても宅地(母子寮建築用地)として利用するのに好適な土地であり、また自創法施行規則第七条の二の三の規定による指定を受けた土地としてその売渡しを留保されていたことがそれぞれ認められる。右認定に反する小川隆三の証言は信用できないし、その他以上の認定を覆すに足る証拠はない。

右に認定した事実に加えるに、布施市は大阪市の衛星都市として当時から著るしく発展を示していたこと(公知の事実)を考えあわせると、本件土地は買収令書交付当時はもちろん買収期日においてもすでに住宅用地として好適の土地として、たとえ現状は農地であつても、極めて近い将来宅地として使用されるであろうことは客観的に見てなんびとも推知しえたと認められ、本件土地は自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」でありその転移性は極めて顕著なものであつたといわなければならない。

そうすると本件買収処分当時、意岐部地区農委が買収計画を定めるに当つては本件農地が自創法の右規定にあたるものとして、当然大阪府農地委員会の承認を求め、その承認を得て同号所定の指定を行い、これを農地買収処分の対象から除外すべきであつたのに、右指定をなさずしてなされた本件買収計画は違法であり、これに基づいてなされた本件買収処分も違法である。そして、右に認定したように、本件土地が極めて近い将来において宅地として使用されるに至ることの必然性は客観的に明白に推知しえたと認められるのであるから、この事実を無視してなされた本件買収処分のかしは重大かつ明白なものといわなければならない、本件買収処分はその余の原告主張の無効事由について判断するまでもなく当然無効たるを免れない。

(四)  右のとおり本件買収処分が無効である以上本件土地の所有権が国に移転するいわれはなく、本件買収処分があつたにかかわらず本件土地の所有権は依然として亡城本うめのの有するものであつたといわなければならない。そして、原告が亡城本うめのの相続人であることは当事者間に争いがないから本件土地については原告が所有権者であることは明らかである。また、本件土地について大阪法務局布施出張所昭和二五年四月二五日受付第二六四五号をもつて、自創法第三条の規定による買収を原因とし、農林省を取得者とする所有権取得登記がなされていることは当事者間に争いがないところ、前述のとおり本件買収処分が無効であつて被告国は所有権を取得しなかつたと解される以上右登記は実体関係に反するものであつて被告国は本件土地の所有権者である原告に対し右所有権取得登記を抹消する義務があるといわなければならない。

四、よつて本訴のうち、被告知事との間で本件買収処分の無効であることの確認を求める部分被告国との間で、本件土地について原告が所有権を有することの確認を求める部分ならびに同被告に対し前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める部分はすべて正当として認容し被告知事との間で右抹消登記手続を求める部分は不適法として却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

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